スーパーロット

12月28日、台湾全島は49個の数字に酔いしれた。

一口50台湾ドル、1から49までの番号を六つ選んで(プラス一つの特別番号)、全部当たったら高額の一等賞金がもらえるという台湾のスーパーロット(大樂透)。

一等に当たった人がいなかったら、その賞金はキャリーオーバーだ。それで、一等が9回連続「槓龜」だったこのスーパーロット、28日に運命の10回目を迎えた。一等の賞金総額はおよそ20億台湾ドルで、もちろん史上最高金額だ。

*槓龜(台湾語、ゴングー)→文面的には亀を叩くという意味。「スカ」のこと。

20億台湾ドルは現在のレートで換算すると、松坂君を獲得したレットソックスが西武に払った金額を軽々と上回る。しかも、次回からこのスーパーロットを発売する銀行が変わり、キャリーオーバーがゼロになる。つまり、20億台湾ドルが狙えるのは今回しかないんだ。

28日の朝、妹から電話がかかってきた。「ねね、ロット買わない?」買わないわけがないだろう!

普段なら番号選びは店のパソコンにお任せするけど、さすが60億円以上もあるだけに、ついついのりのり気分になってしまい、真剣に番号を考え始めた。

そうだ。この間、任天堂DS-Liteの抽選販売に行って当たったんだけど、その時の当選番号の1から49までの数字にしようか。皆さんの幸運をおすそ分けしてもらおう。

img20061231.jpg

(僕は56番でした笑い

足りなかった数字を自分と妻の誕生日にして、四組の「史上最強明牌」を織り出して国際電話で妹に伝えた。

*明牌(ミン・パイ)→有力な当選番号予想。

抽選は当日の夜八時だった。結局、三人が20億台湾ドルを分けることになった。僕が選んだ24個の番号は四つ当たったけど、一組に一つずつというせつない配分で、見事に亀を四匹叩いた。

続きを読む

料理と言葉

レストランや日本食の記事を翻訳している時、常に「日本語は味や食感を表現する言葉が多いなぁ」と思う。

美味しい、うまい、香ばしい、プルンプルン、こりこり、ぷちぷち、ふわふわ、すっきり、さっぱり、あっさり、こってり、パキッと、パリッと、ふわっと、さらっと、さらりと、こくがある、こしがある、深みがある、歯ざわり、歯ごたえ、舌ざわり、喉越し……

自分の語彙量と文章力が足りないだけかもしれないけれど、これらの表現を翻訳する時、よく頭を抱える。

パキッと、パリッと
しまった!同じ段落に出てる!どう訳し分ければいいの?

イクラの「ぷちぷち」とした食感が大好き!
あの~、口の中で「ぷちぷち」してる感じはよく分かるけどさ。ぷちぷち、ぷちぷち…えーっと……「口の中で踊っている」というふうにごまかそう。

ふわっと、ふわふわ
頼むよ、同じ所に使うな!

このように、オノマトペが使われまくる味の描写は本当に困るものです。


日本人にとって、「ふわっと」と「ふわふわ」のイメージは違うし、「パキッと」と「パリッと」も何か違う。味や食感について、なぜ日本語はこんなにたくさんの表現を持っているだろうかと、ついつい考えてしまう。


中華圏の人と日本の人は、根本的に味へのセンサーが違うと思う。中華料理は基本的に火を使う料理で、たくさんの調味料を入れる。それに対して、日本の料理は火を使わない料理が多くて、食材の本来のうまみを味わうために調味料を最低限に抑えている。中華料理は「食材の味を調味料で足す」タイプなら、日本料理は「食材の味を調味料で引き出す」タイプだ。

日本料理の美味しさは、食材の本来の味が決める。でも、中華料理の美味しさを決定するのは、食材の本来の味より、色々な調味料が組み合わされたあとの味だろう。調味料の生み出せる味の種類は、大自然の食材の味の種類より多いに思えない。だから味や食感の表現において、日本語は華語よりバラエティに富む、と思うけれど。どうだろうね。

青空文庫の使い方

今まで知らなかった青空文庫の使い方、日曜日の新聞を読んで知りました。

サイト上の検索エンジン(google)を使えば、青空文庫の中のデータを検索できるんだって!これはすごい。常に文例を集めて日本語のあれこれを検証しなければならない僕にとっては、大変ありがたいんだ。

早速、新聞記事に挙げられている使い方で、「ら抜き」表現を調べてみよう。許容度というか、「揺れる度」が一番高いと思われる「見れる」で検索してみると…

太宰治 服装に就いて
ことしは見れると思って来たのだが、この豪雨のためにお流れになってしまったらしいのである。私たちはその料亭で、いたずらに酒を飲んだりして、雨のはれるのを待った。夜になって、風さえ出て来た。給仕の女中さんが、雨戸を細めにあけて、 ...
www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/256_20047.html


おおっ、太宰治も「ら抜き」を使っているじゃないですか!?ふむふむ。大発見とは言えないが、面白い。このようにして、どんな言葉がいつ頃から文学作品に使われ始めたか調べられるという。

もう一つ気になる表現を調べてみよう。

泉鏡花 歌行燈
実は、その人の何を、一つ、聞きたくって来たんだが、誰が行っても頼まれてくれるだろうか。)と尋ねると、 大熨斗 ( おおのし ) を書いた幕の影から、色の 蒼 ( あお ) い、 鬢 ( びん ) の乱れた、 痩 ( や ) せた 中年増 ( ちゅうどしま ...
www.aozora.gr.jp/cards/000050/files/3587_19541.html


「頼まれてくれる」というオトナ語(糸井重里、「オトナ語の謎」収録)は、一例しか出てこなかったけれど、近代の文学作品に現れたこと自体が興味深い。「受身+やりもらい」という表現は日本語の世界に存在しているにもかかわらず、どの教科書や文法書にも載っていない。ちょっと変わっているけど。


続きを読む

グレート・ギャツビー

村上春樹さんが「グレート・ギャツビー」の新訳を出したと、朝日新聞の記事で知った。早速生協の本屋さんに行って手に入れた。側に置いてある「The Catcher in the Rye」もついでに。

まだ読んでいない本は机の上とか本棚とかにたくさん眠っているのに、欲しい本があればついつい買ってしまう。本を読む充実感より、本を買う快感がいまの僕を支配しているようだ。これは非常に困る。本は読まないと意味がない。

それはさておき、ちょうどうちの奥さんは「華麗なるギャツビー」(大貫三郎訳 平成2年9月 28版)を持っているので、せっかくだから訳文を比べてみよう。

img20061202.jpg



まずは大貫三郎さんの訳した冒頭:
今より若く心が傷つきやすい若者だった時に、父が忠告してくれたことを、その後ずっと繰りかえし考えつづけてきた。

村上春樹さんの訳した冒頭:
僕がまだ年若く、心に傷を負いやすかったころ、父親がひとつ忠告を与えてくれた。その言葉について僕は、ことあるごとに考えをめぐらせてきた。

村上さんのほうが明らかに翻訳調が薄い。どちらかというと、僕はこっちのほうが好きだ。

新聞記事のインタビューによると、村上さんは今回「要所要所で小説家としての想像力を活用したそうだ」。確かに「グレート・ギャツビー」のページをめくってみたら、何だが村上春樹の小説を読んでいるみたいな感じがする。村上ファンの僕は、村上さんの訳した名作が読めてとても嬉しい。読む時間を早く作らないと、「グレート・ギャツビー」はまた他の本に埋められてしまいそうけれど。

ちなみに、この本のタイトルは台湾で「大亨小傳」と訳されている。