私は銀行員になりたかった(3)


オリエンテーションは銀行が委託した外部の会社が行うものだった。場所は本社。我々は10人ずつのチームに分けられ、三日の間に色々なゲームや活動を通して得点を競っていた。三百人余りもいたから、ざっと30チーム以上あった。

私がいたチームは男女半々で、終わってみればなんと総合得点一位の優勝を勝ち取った。チームメートの名前は全然思い出せないが、顔は今でも大体思い浮かべることが出来、街ですれ違ったらすぐに分かると思う。みんな優秀な人で、学歴も経歴も私立大学出身で軍隊を出たばかりの私よりはるかに上だった。

優勝チームの賞状と記念品はどこにしまったっけ?今度台湾に帰る時ちょっと探してみよう。ちなみに、私たちのチーム名はローマ字表記のタコだった。その時日本語が分かっていたら少し反対意見を言ったかも。「優勝チームは・・・、タコ!!」今思うと笑いたくなるが、その時はすっっごく嬉しくてみんな大喜びしていた。

オリエンテーションが終わって、三か月の研修が始まった。いや、一か月かもしれない。よく覚えていないんだ。とにかく、「毎日座って話を聞くだけで給料をもらっていいの?」と、自分でも申し訳なくなるぐらい長かった。





つづく


酸っぱい葡萄


東京マラソンは海外の住所で申し込んだほうが当選しやすいという噂があります。ある日本在住の外国人ブロガーも、一昨年日本の住所で落選したが、去年は海外の住所で当たって走れたそうです。もちろん、それはたまたま当たっただけで噂の証明にはなりませんが、やはり気になります。

よし!今年は台湾の実家の住所で申し込もうぜ!フフフ。と、エントリーしてみましたが、注意事項にある一文にビビってしまっておとなしく日本の住所でエントリーしました。

氏名、年齢、性別、国籍、居住地、記録等の虚偽申告は認めません。

居住地か・・・。日本に住んでいるからな。IPアドレスなんかですぐにバレてしまうからな。台湾の家族や友人に頼んで私の名前でエントリーしてもらえば行けるかもしれませんが、何だか面倒くさくて。正々堂々と日本の住所で勝負しようと決めました。

実は東京マラソンよりもっと走りたいマラソンがあります。与論島マラソン。映画「めがね」を見て以来与論島に憧れ、いつかその小さな島でたそがれてみたいと思っています。たそがれながら人生初のフルマラソンを走れるならどんなに素晴らしいことでしょう。

しかし一人で行かせてもらえる見込みがなく、家族三人で行くとなると出費が恐ろしくて実行のハードルが高いです。仕方なく東京マラソンでも走ろうか、と言い放ちたいところですが、キツネの「ふん。あのブドウはまだ酸っぱいのさ」と同じですよね。

私は銀行員になりたかった(2)


どうやってY銀行を後にし、その時担当者に何を言ったか、どんな顔をされたか、まったく覚えていない。

「大変申し訳ございませんが、先ほど他の銀行から採用の連絡を受けましたので、これで失礼いたします。」

こんな感じかな。たぶん。他に何を言えばいいだろう。私を横取り(?)した銀行の名前を担当者に聞かれたことは覚えている。私も素直に答えた。

とにかく、私は晴れて意中のS銀行に入社した。ちょうどその頃、高校時代のクラスメイト二人も同じ時期に兵役を終え、就職先も決まり、我々は故郷を離れて台北の3DKアパートを借りて三人でシェアすることになった。日本とは正反対に、台湾ではルームシェアが一般的で、一人暮らしは珍しいほうだ。ちなみに、同居するクラスメイトの一人も銀行員だった。看板が落ちれば銀行員に当たる。

同期は三百人余りいた。年はバラバラで、学歴も専攻も経歴も色々だった。他の銀行から転職してきて明らかにオーラが違う人もいれば、まったく見当がつかない人もいて、卒業したばかりでウロウロ気味な人もいた。当たり前だが、私もウロウロ組だった。

いろんな所から選ばれてきた私たちを一番最初に待ち構えていたのは、三日間のオリエンテーションだった。





つづく

私は銀行員になりたかった(1)


2000年の晩春に兵役を終えた私は、四つの銀行に履歴書を出した。書類選考と筆記試験はすべて合格し、その中からY銀行とS銀行を選んで面接に行った。

断わっておくが、当時台湾の銀行は新人を大量に採用するのが普通だった。書類選考と筆記試験を通るのが難しいことではなかった。新人と言っても、新卒じゃなくてもOK。社会人でも主婦でも料理人でも、誰でもエントリーできる。来る者は拒まず、専攻も経験も不問。最初の筆記試験さえ通れば面接を受けられる、筆記試験も市販の本と過去問題を一冊ずつしっかり勉強すれば大抵合格ラインをクリアできる、という時代だった。今どうなっているか分からないが、新卒一括採用という慣習がないのは確かだ。

Y銀行の採用通知が先に来た。入社の手続きを行う日はちょうどS銀行の採用発表と同じ日だった。天の悪戯かと思った。本命はS銀行だったが、受かるかどうか分からない状況だったので、Y銀行の入社手続きを辞退するわけにもいかなかった。

運命の日を迎えた。

健康診断やらなにやらと、受付でもらった色々な資料を抱えて大きな会議室でこれからの入社手続きの説明を聞いた。そして休みの時間に、カバンの中の携帯が鳴った。それは私の運命を決める電話であると、すぐにわかった。




つづく