私は銀行員になりたかった(5)



住んでいる所からバイクで一番近い駅に行き、そこから電車に乗って一回乗り換えれば本社の最寄駅に着く。駅のすぐ隣に十階程建てのビルがあって、丸ごと本社のビルだった。辞めるまでの二年間はそこで働いていた。

配属された部署は三階にあった。初めて入った時、目を丸くした。上司も含め、そのフロアに居る三十人ぐらいのメンバーは全員女性だったからだ。厳密に言うと男の人は一人居たが、その人は所謂オネエ系の人だった(後々わかったことだったが)。この部署に配属された新人は私を含めて四人居た。男女半々。男女比が如何に偏っているかは皆さんも想像できるだろう。もはや四面楚歌ではない。八面楚歌である。

我が部署は広々としたオフィスの中に三つの「島」を作っていた。右、真ん中、左。それぞれの島は前方から8~10列の机で成され、一列の机に仕切り付きの四人の席が設けられていた。全ての席に人が座っているとは限らない。空席もあり、資料などの置き場所としての席もあった。一つの島は一つのチームで、それぞれの担当支店のファクタリング案件を管理する。偉い人ほど後ろに座り、ぺーぺーの私は左の島の一番前に座ることになった。

ちなみに、私と一緒に入ってきた男性新人は右の島に配置され、そこのチーム長であるオネエ系の男性が彼の上司となった。私のチーム長はアラサーぐらいの女性で、健康的な小麦色の肌と柔らかい笑顔が印象的だった。私の教育係に任命されたのは後ろに座っている三つ上のお姉さん。中島美嘉に似たような雰囲気をしていた。チーム長とすごく仲が良く、これからの二年間は大変お世話になった。




つづく

勝負の結果


勝負の結果

妻も初めて応募したが、結果は同じ。見事なW落選。


ちなみに、日本在住の外国人ブログで当選のお知らせの文面を見た。

Congratulations! You have been selected to run Tokyo Marathon 2014.

その人は二年連続当選。私は日本の住所で三年連続落選。やはり海外の住所のほうが有利なのか。そう信じたくないけど、なんかもやもやするな。



やまぐらし


作文

たいへんよくできました(笑)



宿題ばかり見ていて、国語の練習帳は見ていなかった。
昨日かみさんが練習帳のこの文章に気付いて大爆笑。



去年台湾に帰った時の「山暮らし」(水遊び)がよっぽと楽しかったのね。
  ↓
山暮らし



私は銀行員になりたかった(4)


銀行員になりたかった理由は、給料がいい、聞こえがいい。それだけだった。

当時の大卒初任給は平均2万8千元ぐらいだったと記憶しているが、銀行は3万4千元前後。しかも日本では考えられない待遇が存在していた。

自社の銀行に預貯金がある場合、48万元以内の預貯金は金利18%とする。


18%って言われてもピンとこないかもしれないので、実際に頂いた利子で説明する。

もちろん、私は48万元の大金を持っていなかった。入社して自社の口座を作ってもらった途端、いち早く母に48万元を借りてそのまま口座に入れた。そして毎月5千元ぐらいの利子がついた。給料と合わせたら、毎月4万元近くもらっていた。家賃は3DKのマンションを高校時代の同級生二人とルームシェアして一人4千元~6千元(部屋の大きさによる)だったから、利子だけでほぼ家賃をカバーできた。他の銀行に勤めていたルームメイトもまったく同じ待遇を受けていた。


研修が終わるまで、自分がどの部署に入れられるのかはわからない。振り返ってみれば、教育係たちはきっと研修中の我々を観察したり、適性試験などで我々を分類していたと思う。配属先の発表日に、廊下で一人の男性社員に掛けられた言葉は未だに忘れられない。

「お、君は本店審査部のファクタリングか。おめでとう。あそこは有名な労働集約部署だからな。頑張りな。」


労働集約。有名。その男性社員の微笑みには、「ふふふ」的な成分が含まれていた。しかし多くの同期たちは現場の支店に配属された中で、本店しかも審査部という偉そうな所に配属された私は皆さんに羨ましがられた。



つづく