スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

東京愛情故事の旅?

「東京ラブストーリー」は私が初めて見た日本のドラマだ。「東京愛情故事」というタイトルで台湾で放送されたのは10何年も前のことだった。

私の心に焼き付いたシーンは、ドラマの最後のところに出ているあの小学校の柱と、リカと完治が分かれた海辺の駅。それを探すために愛媛に行ってきたのだ。手がかりは、2006年2月18日(土曜)の朝日新聞の「BE」に載っている「愛の旅人―ハンカチに残す恋の証し」だった。

3月29日の朝10時ぐらいに中央線に乗り、青春18切符で松山にたどり着いたのは30日の夜九時頃だった。新聞の記事によると、あの柱は松山市の久万高原町にある「ふるさと旅行村」に保存されている。翌朝の10時、私はJR松山駅前で「久万・落出行き」のバスに乗り、11時半に「久万中学校前」に着いた。1340円だった。痛かった。でもまだまだ。ここからまた伊予鉄南予バスに乗り換えなければならない。「ふるさと村」行き、12時10分発、300円。発車して三つ目か四つ目の駅から、乗客は僕しかいなくなった。静かな山道をバスが走り続ける。

img20060405_1.jpg


img20060405.jpg

終点に到着して降りたあと、ちょっと不安になってきた。人に「次のバスは本当に来るの?」と思わせる雰囲気が漂うところだったからだ。バス停の時刻表を確かめると、案の定、2時間に1本しか来ない。

村に入って案内所で昼ごはんを食べている職員に「東京ラブストーリーのあの柱が見たいですけど…」と言い出すと、その人は微笑んですぐに場所を教えてくれた。案内所の隣の食堂の中にある。

img20060405_2.jpg


台北、東京、愛媛。
数千キロ(?)を渡り、15年の歳月を越え、2006年3月31日に、私の目の前にあの柱が現れた。

img20060405_3.jpg


img20060405_4.jpg


img20060405_5.jpg


「永尾完治」と「リカ」が刻まれている部分は、カバーで保護される前に誰かに削り取られてしまった。残っているのは、削られた所に黒いマジックで切なく書いてある「赤名リカ」と、誰かが真ねって刻んだ「永尾完治」と、数えきれない見学者たちの落書きだけだった。非常に残念な気持ちでいたけれど、やっぱりここに来て実際に見られて良かったと思う。

次は、リカと完治が分かれたあの海辺を接する駅に行く。そのため、久万高原から松山市内に戻って伊予鉄道に乗らなければならない。リカが「じゃ、4時48分。会いたいから、サヨナラは言わないよ」と完治に言って、結局一本前の4時33分の電車に乗ったから、僕はどうしてもその時間にあの駅に行きたかった。

「久万中学校前」に着いた時、松山行きのバスは約10分前に出てしまった。次の松山行きはなんと二時間後の16時54分!もうだめだ。乗り継ぎを全く考慮していないバスの運行スケジュールにあきれた私は、ある決意をした。

人生初のヒッチハイクを敢行!

カバンからB5ノートを取り出して、まだ書いてないページを観音開き(?)して、唯一のボールペンでページずつに「松」と「山」を一生懸命にできるだけ太く塗り始めた。それで、出来上がった「看板」を右手であげて通りかかるあらゆる車に見せる。正直、ちょう恥ずかしかった。けど、4時33分前にあの駅に着く方法はこれしか考えられない。タクシーは青春18切符の使用者にとって論外である。山奥を通りすがるわけもない。

トラック。宅急便。貨物車。軽自動車。トヨタ。スズキ。
色々な車がちっともスピードを落とさずに次から次へ私の前を通り過ぎてゆく。運転する人と目が合っても、一瞥をくれるだけだった。


つづく ↓
東京愛情故事?


コメント

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。