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日本の自動販売機

日本事情という授業で、僕の書いた「日本に来て不思議と思うこと―自動販売機」というレポートが先生に読み上げられた。ちょっぴり嬉しかった。笑顔こうして、これからも夏休みに皆が書いた「日本の不思議」を読むと先生は言った。本当に楽しみだね。

実をいうと、僕はもっと不思議だと思っていることがある。それは女子高校生のスカートの長さだ。でも、そんなこと書こうとしても、参考文献とかはなさそうし、アンケートも取れないし、下手をするとヘンタイだと思われちゃうかもしれない、ねえ。

もう一つ先生に読み上げられたのは、香港と日本とのセルフサービスの違いだった。彼女はファストフードを例としていろいろ説明した。最も「へえ~」と言わせてくれるのは、香港のマクドナルドは食べた後自分でなおすのではなく、店員がなおすらしい。

ナオス?ええ、福岡の地域語です。この間、友達に教わった。彼は福岡出身で、いま東京でしばしばライブをやっている。
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→本人と似てないよ。




ちなみに、(ブログの左側の)カレンダーの空いている日付を埋めたかったので、19日の出来事だけどを18日にした。まあ、こんなこと誰も気にしていないだろうが。

自動販売機のレポート
  ↓     ↓

 私が日本に来てから一番不思議に思った事の一つは、自動販売機の多さである。

 2001年の6月に、私は一人で日本を旅行した。初めて私を育てた島を離れて外国の土地を踏んだので、感動を覚えた。空港を出て切符を買って、駅のホームでスカイライナーを待っていた。その時、私の目線はピカピカと光っているホームの自動販売機に留まった。さすがに先進国の日本だけあって、自動販売機もこんなに綺麗だと感心した。早速、記念すべきである初めての日本の缶コーヒーを手に入れた。しかし、ホームに滑り込んできたスカイライナーに乗ったあと、また驚いた。電車の中にも自動販売機があるとは思わなかったのだ。それで、東京の街を歩いたら、そこかしこにずらりと並んでいる自動販売機に目を丸くした。

 日本に留学してから三年目。ラーメン屋さんでは店員に注文するのではなく、食券が出てくる機械にお金を払わなければならない。電車の切符は窓口ではなく券売機で買う。映画・音楽会の入場券はコンビニの販売機で買える。人に会わずにアダルトビデオを借りられる。洗濯もコインを機械に入れ、椅子に座って待てばよい。日本はまさに自動販売機の天国である。さらに、桜前線、梅雨前線の他に、なんと自動販売機の「コールド/ホット前線」も天気予報で聞いたことがある。(例えば、平均気温が25度を超えると、自動販売機のコールド缶コーヒーが増えることで、その「コールド線」が南から北上する。すみませんが正確な称呼は覚えていない。)もはや自動販売機はすでに日本国民の生活の一部になったといってもいい。

 何故日本では自動販売機はこんなに多いだろうか。日本大百科全書で「自動販売機」を調べてみた。

小売店の対面方式、スーパーマーケットのセルフサービス方式より、一歩進んだ無人方式で、流通・販売部門での代表的な省力機械である。人手不足、人件費高騰の対応策として効果があり、休日・夜間も営業できる利点がある。日本での普及台数は1984年(昭和59年)現在で約514万台を数え、アメリカを凌いで世界第一位である。
                              ―日本大百科全書(11) P・75―

 
 世界で最も古い自動販売機は、約2000年前にエジプトの寺院に置いてあった聖水自動販売機で、ヘロンという人の発明と言われている。硬貨を入れるとその重みで栓が開き、水が出てくるという仕組みになっていた。日本では、最初の自動販売機は俵谷高七(たわらや・たかしち)が1888年(明治21年)に作った。当時東京で行われた勧業博覧会に出て大変好評を受けたらしい。自動販売機は実用化を迎えて日本各地で一気に広がったのは、戦後の1960年代以降である。

 台湾では、自動販売機はおよそ60年前に出現したが、未だに日本のように普及しておらず、駅、学校、公園などパブリックの場所にしか置いてない。室内に置いてある自動販売機はともかく、外に置いてあるのはお金を盗まれないように、ほとんど金属製の柵で囲んだり太い鉄のロープで縛ったりする。それでも、外の自動販売機は大体ボコボコで傷だらけで、お金を入れてもモノが出てこないのではと心配したくなる。また、お札で買うことがができる自動販売機はまだない。お札や銅貨の真偽を識別する技術においては、日本の自動販売機は世界最高水準と言われている。

 外国人が書いた色々な「日本の不思議」の中に、自動販売機もよく取り上げられる。オーストラリア人やアメリカ人の目では、日本の自動販売機はまるで道端の「キャッシュボックス」だそうだ。勿論、日本の自動販売機も防犯対策が講じられているとは思うのだが、人気のない場所であると効果が薄そう。それにも関わらず、破壊されたりボコボコされたりした自動販売機はほとんど見当たらない。みんなピカピカツで元気よく、日本の隅々で黙々と24時間のサービスを提供している。自動販売機の「文化」から、日本の治安の良さと道徳心が伺える。

 人手不足の補償、人件費の節約、サービスアップ、便利性、空間の有効活用…などなど、自動販売機のメリットはたくさんある。しかし、私には気になることが一つある。

 何でもかんでも自動化されつつある東京で暮らしているあなたは、出かけても一日中ほとんど何も喋らずに過ごしてしまった経験があるのだろうか。電車の切符を買って、券売機の液晶画面でニコニコとお辞儀する女性の姿を見る時、違和感を感じないのだろうか。自動化による便利な生活に伴い、人と人の「接点」がだんだん減っていく。いつの日に、人間の生の笑顔、声、動作、最後に、「存在」も、機械に取り替えられるかもしれない。そう思うと、いつもむなしくなる。

-END-

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