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気になるコピー

最近電車に乗るとき、よく同じ広告を見る。一人の男の子が、泡だて器を手にして、涙を泉のように流している。気になるのは、そのコピーである。

「イタリア人が、俺のカルボナーラを、おかわりしてる…。」

そのカルボナーラは知らないけど、まあ要するに、「台湾人が、俺のタピオカミルクティーを、おかわりしてる…。」って感じ(地味だな)。結構受けた。

あまりにもよく見るので(よくこの広告の前に立つな)、癖でついつい考え始めた。「華語にどう訳すればいいんだ?」

オチはやっぱり「おかわりしてる」にあると思うので、文の後ろに持って行きたい。が、華語はSVOの語順だ。このコピーのSOVの語順にするなら、色々な要素を加えたり他の言い回しに変えたりしなければならない。ヘタクソですが例えば、「イタリア人が、俺のカルボナーラを食べたあと、こう言ってくれた:おかわり!」みたいな感じ(義大利人吃了我做的○○○○之後跟我說:再來一個!)。でもやっぱり一味違うな。

コロコロ走る電車の中で、僕は訳し方をいろいろ考えているとき、ふとあることに気がついた。


?イタリア人が、俺のカルボナーラを、おかわりしてる。

?俺のカルボナーラを、イタリア人が、おかわりしてる。

?イタリア人が、おかわりしてる、俺のカルボナーラを。

?俺のカルボナーラを、おかわりしてる、イタリア人が。

?おかわりしてる、俺のカルボナーラを、イタリア人が。

?おかわりしてる、イタリア人が、俺のカルボナーラを。


?~?は問題ないだろう。?と?はちょっと苦しいかもしれないけど、まったく通じなくはない(特にポーズを入れたら)。なぜ日本語はこんなに自由自在に語順を変えられるのかと、その時に思った。

それは助詞の力だと思っている。とりわけ「が」と「を」という二つの偉い助詞。名詞は「が」をつけたら動作主になり、「を」をつけたら目的語になる。華語は助詞が存在しないし、語形変化もない。文法らしいものは語順のみとされている。だから日本語のように場面に応じて、語順を自由に変えてオチを発話の最後に持っていくのが難しい。

コピーの翻訳は本当に疲れるな。しくしく。

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